大工の「棟梁」の存在を知ってもらい、
信頼される家づくりへ。
「滋賀一愛される工務店」になりたい

「 HOTEL 講 大津百町」は滋賀県大津市に、2018年8月にオープンした商店街ホテルである。このホテルの事業主であり、オーナーは谷口工務店。
谷口工務店は滋賀県竜王町に本社を構える、社員80人ほどの会社だ。設計も大工も全員社員で、上質な木の住宅を得意としている。谷口弘和社長が1994年に創業。父親も大工、谷口氏自身も大工だった経験から、職人を育てることを大切に考えてきた。
竜王町の本社には、全国から一流の職人、設計士を目指して若い人が集まってくるという。
工務店がホテルのオーナーという例はほとんど聞かない。ホテルをやろうと決心するには、どういう経緯があったのか?また、それは谷口工務店の事業とどう関わっているのか?代表取締役社長である、谷口弘和氏に話を聞いた。

(文・構成/下田結花 モダンリビング発行人)

コトラーという経済学者がいます。経営塾で知ったのですが、コトラーは、「マーケッティング3.0」は「社会貢献とビジネスのマッチングである」と語っています。

会社を興した当時から「大工を育てる会社にしたい」と思っていました。家づくりは命を守る仕事です。その家づくりをすべて取り仕切っていたのが大工の「棟梁」という存在。建物を蘇らせることは、棟梁の存在を知らしめることになる。それこそ、谷口工務店を始めた時に目指したことではないのか ——。そう思い至った時、商店街ホテルをやろう、と心が決まりました。

助成金が決まったのは、2017年の4月でしたが、翌年の3月までに完成させなければならないという条件がありました。12ヶ月しかありません。しかし、絶対に完成させる!と決心したのです。

実際の工事は想像以上に大変でした。人の住んでいない「空家」というのは、見た目は傷んでいるように見えなくても、実際には「朽ちている」のです。屋根の破損から雨が浸透し、部材が腐ってしまっています。実際、ほとんどの材料をやりかえなくてはなりませんでした。大壁にして柱を隠してしまえば簡単ですが、それではリノベーションをする意味がありません。使える材料は極力再利用しましたが、ほぼ建て替えに近かったといっていいでしょう。

“会社を興した当時から
「大工を育てる会社にしたい」と思っていました。
家づくりは命を守る仕事です。”

谷口工務店では年に何棟か古い家のリノベーションを手がけていますので、経験もあります。こうしたリノベーションは新築より高価で、一軒4000〜5000万円になります。

結局、「ホテル講 大津百町」は、最初の予算を1億円以上オーバーしました。

正直、壊して建て替えた方が手間も予算もかからなかったかもしれません。しかし、それでは町を再生することにはならない。記憶の残っている建物を残すことの意味は、とても大きいと思います。

3月の段階で、まだまったく手付かずの町家も一軒ありました。人手が足りないので全国の同業者に呼びかけたら、日本中から職人が手伝いに来てくれた。うれしかったですね。このプロジェクトは、大工の仲間でつくった集大成です。

私は長年、茶道を嗜んでいるのですが、茶道は一言で言えば「おもてなし」です。茶事というのは、お客様に抹茶を最高に美味しく飲んで頂くために場を設えます。懐石料理でお腹を満たし、そして重菓子ののち、ちょうど良いお湯加減で一服して頂く。

家づくりもお客様に鍵をお渡しする瞬間のために、すべてを用意する——おもてなしの心は同じです。そこで4月20日に、大津で大茶会を催すことにしたのです。デンマーク大使、滋賀県知事、大津市長にもご出席頂き、108名のお客様を谷口工務店の全社員でおもてなしさせて頂きました。お茶の席のお軸、器、お菓子などは滋賀県の方にお願いし、オリジナルで作って頂きました。大茶会は、関西のテレビや新聞など多くのメディアに取り上げられて、大津の町の人たちにも「ホテル講 大津百町」の取り組みを知って頂くことができました。翌日には、プレオープンで見学会を開催。近隣の方も含め、約1000名のお客様にホテルを見て頂きました。「ホテル講 大津百町」は7軒の町家のうち、5軒は一棟貸しで、レセプションとレストランを併設している近江屋の3室と茶屋の5室が部屋貸しです。このうち、3軒は土地・建物共に谷口工務店の持ち物です。住宅として通用するようにつくっていますので、将来は家に戻すことも可能です。

谷口工務店の経営理念は「みんなが喜ぶ家づくり」です。お客様も喜ぶ、社員も喜ぶ、業者も喜ぶ家づくり。商店街ホテルの理念も同じなのです。「みんなが喜ぶ町づくり」。

大津の町が元気になって町の人が喜ぶ、泊まりに来たお客様が喜ぶ、それをつくった職人も喜ぶ。

ホテルを通して、商店街や大津の街、滋賀県が活性化すること。「棟梁」の存在を知って頂き、家づくりの信頼へ繋がっていくこと。「滋賀一愛される工務店になる」——それが谷口工務店の望みなのです。(谷口弘和氏・談)

(文・構成/下田結花  モダンリビング発行人)